『日本の橋』読みしのちもとめたる全集いくらも手にとらざりき
竹下文子
保田與重郎の『日本の橋』に感動して全集を買ってみたものの、あまり読まなかったのだろう。「いくらも」に寂しさがにじむ。
肩甲骨すでに大人になっている息子の背中と背くらべする
石井久美子
中学生くらいの子だろうか。体つきや骨格はもう大人の男だ。「肩甲骨」に着目したところが良い。「背中」もくどいようで効いている。
ドアホンのピンとポンとのそのあひの時間の永き夏の午後なり
清水良郎
ピンポン、ピンポンと慌ただしく鳴るのではなく、指でゆっくり押してから離した感じ。時が止まってしまったかのような時間帯の様子である。
きみの手を握って眠ったはずなのにコピー用紙を抱えて歩く
阿波野巧也
上句から下句への時間的な意識の飛躍がおもしろい。下句は目覚めた時の話が来ると思って読んでいくと、突然、昼間の場面に飛ぶ。
遮断機の下をながれて水草は遠き河口へ導かれゆく
吉田 典
遮断機が上がるのを待つ間、踏切の下の水路を見るともなく見ている。流れる水草につられるようにして、見えない河口へと想像が広がっていく。