2016年09月20日

『行商列車』のつづき

列車を使った魚の行商は高度経済成長期にピークに達し、その後は次第に衰退し、平成に入った頃にほぼ全国的に終焉を迎えた。

昭和六十二年の国鉄分割民営化はひとつの転換期だった。このときに廃線になったり、列車の本数が減ったり、経路が変わったりしたことで、細々と商売を続けていた行商人の足が最終的に奪われる結果となったところも多い。

著者が密着取材を行った行商人夫妻の店も、昨年、55年の歴史に幕を下ろした。

スーパーマーケットやコンビニエンスストア、さらにはインターネットによる商品の流通という便利を享受する一方で、私たちが失ってしまったものは何であったのか。

それは「売り手と買い手が直接顔を突き合わせ、物のやりとりをする」「五感を駆使して初めて、互いに納得のいく取引が成立する」ということであり、人と人との触れ合いや結び付きであったのだろう。

本書は単なる民俗誌の調査・研究にとどまらない面白さを持っている。それは、取材を通じて著者が多くの人々と出会い、その魅力を肌で体感したことによるのだろう。フィールドワークというよりも、ぶっつけ本番の真剣勝負なのである。

本当に大切なことは、メモしなくても、写真にとらなくても、覚えているものである。もちろん、すべての場面でそれが通用するわけではないが、ここぞというときには丸腰で向かっていく覚悟を、あのとき教えてもらったように思う。

この気概こそが、本書の一番の魅力ではないかと思った。

posted by 松村正直 at 07:07| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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