練り物の類(たぐひ)は得体の知れぬゆゑ口に入れぬと言ひし父はも
家を出て十字路渡つた角に在る 入れた記憶のなくなるポスト
あたらしき雪平鍋に滾りつつ湯は芽キャベツのさみどりを揉む
佃島リバーシティに降る雨は佃小橋の水路にも降る
耳かきをいつも捜してゐた息子 いま耳かきはすぐに見つかる
もはや父とは会ふことなからむ手の甲にさやる柩のなかの毛髪
行人坂くだりゆくとき上りくる人多し上るとき下りくる人多し
日本(につぽん)の誇る土嚢が梅雨ふかき原発建屋のめぐりに置かる
いかづちのとどろきしのち雨はれてひるがほいろのそらがひろがる
しじみ蝶だらうか草に椋鳥がとらへしものは羽ばたいてをり
観察力の働いた歌やユーモアのある歌に特徴がある。娘や息子を詠んだ歌に加えて、この歌集では亡くなった父への想いを詠んだ歌に印象的なものが多かった。
1首目、原材料として何が使われているかわからないから、ということだろう。頑固で少し変わり者の父の性格が彷彿とする。
2首目、葉書を投函したかどうか忘れてしまうという意味に読んだ。
3首目、結句の「揉む」という動詞の選びが良い。
4首目、「佃島リバーシティ」の現代的な感じと、昔ながらの風情を感じさせる「佃小橋」の取り合わせ。
5首目、いつも息子がどこかへ持って行って行方不明にしていたわけだ。その息子はもう家にいない。
6首目、上句まだ生きているかのように詠まれているが挽歌である。
7首目、なぞなぞのような歌だが、よく考えると当り前の話。同じ速度で歩いていると、同じ方向に歩く人とは出会わないのだから。「行人坂」という名前がうまく効いている。
8首目、汚染水対策として置かれた土嚢。「日本の誇る」が何とも皮肉に響く。
9首目、「ひるがほいろ」がいい。結句「ひろがる」とも響き合う。
10首目、一瞬目にした羽ばたきは、断末魔の抵抗だったのだ。
2016年8月11日、短歌研究社、3000円。