2016年09月08日

小島ゆかり歌集 『馬上』

2013年夏から2015年夏までの作品519首を収めた第13歌集。
父母の介護、そして父の死が大きなテーマとなっている。

サーファーのかがやくからだ暗みたりふいに大きく鳶ひるがへり
鯉よりも水はなまめく 動く身の一尾一尾をうすくつつみて
今日ひどくこころ疲れてゐるわれは買物メモをポストに入れぬ
西武線の窓よりけふは富士見えてしばらくは聴くしろい音楽
転院しまた転院しわが父の居場所この世にもう無きごとし
飛魚の塩焼き食べて胸鰭のみづいろの翅、皿に残りぬ
目蔭(まかげ)する人びとの睫毛睫毛からとんぼ生まるる秋のまちかど
紺色の検査着は隙間だらけにてひぐれのごときからだとなりぬ
勝ち馬も負け馬も鼻をふくらませ信濃の秋の草競馬をはる
パソコンが苦手なわれをパソコンもきつと苦手だらうな、フリーズ

2首目、鯉がなまめくという表現はよく見るが、水の方に着目しているところが印象的。
3首目、確かにこういうことはありそう。ユーモラスに詠んでいるが、本当に疲れているのがわかる。
5首目、病院側の診療報酬の関係で、一定期間を過ぎると転院を余儀なくされてしまう。
6首目、飛魚のシンボルとも言える長い胸鰭だけが、ぽつんと皿に残るのだ。
8首目、「隙間だらけ」の服の頼りなく心細い感じ。
9首目、比喩としての「勝ち馬」ではなく、実際の馬の話。「鼻をふくらませ」も得意気な様子の比喩ではなく、激しく息をしているのである。

きみ思ふきのふまたけふ淡青のあさがほ咲(ひら)く休らひたまへ
はるかなるそのふるさとのゆたかなる海のちからのねむりを君に

「悲しみの人へ」という詞書の付いた5首は、妻を亡くした高野公彦さんのことだろう。こんな詠い方、心の寄せ方もあるのだと、強く印象に残った。

2016年8月31日、現代短歌社、2500円。

posted by 松村正直 at 07:12| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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