新鋭短歌シリーズ26。
1981年生まれの作者の第1歌集。
2008年から2015年までの作品308首を収めている。
ドーナツ化現象のそのドーナツのぱさぱさとしたところに暮らす
ああここも袋小路だ爪のなかに入った土のようにしめって
よれよれのシャツを着てきてその日じゅうよれよれのシャツのひとと言われる
マネキンの首から上を棒につけ田んぼに挿している老母たち
いつも行くハローワークの職員の笑顔のなかに〈みほん〉の印字
雨という命令形に濡れていく桜通りの待ち人として
思いきってあなたの夢に出たけれどそこでもななめ向かいにすわる
ににんがし、にさんがろくと春の日の一段飛ばしでのぼる階段
目撃者を募集している看板の凹凸に沿い流れる光
ゆきのひかりもみずのひかりであることの、きさらぎに目をほそめみている
1首目、大都市圏の郊外の暮らしの様子を「ぱさぱさ」で表している。
3首目、穂村弘の「ワイパーをグニュグニュに折り曲げたればグニュグニュのまま動くワイパー」を思い出す。穂村の歌には暴力性があるが、虫武の歌はひたすら受身である。
4首目、案山子もこうなふうに詠まれると怖い。
5首目、書類の記入例などによく印字されている〈みほん〉。ハローワークの明るく無機質な雰囲気が出ている。
6首目、「雨」という言葉は、言われてみれば確かに「あめ!」という命令形みたいだ。「書け!」「立て!」「やれ!」のように。
7首目、夢の中ならせめて正面に座りたいところ。でも、それができない。
9首目、「募集している」がユニーク。街で時々見かける看板が、別物のように感じられる。
2016年6月20日、書肆侃侃房、1700円。