しどけなく電車に眠る少年の微かにひらくくちびる憎し
はるのみず首都の蛇口にのむときを北国の雪たりしみず鳴る
柔らかくかつ棘だちてあることの職場のすみの亀の子たわし
海底の静もりに生きし白蝶貝楽器のいちぶとなりてうたえり
真夜中のコンビニでコピーとるわれのコピーが窓からわれをみており
事務机ひとつ空きたり「一身上の都合」といえる一行ののち
しゃがむという女性の動詞はなにらの花の白きにすいよせられて
辞表を出す部下の伏目を見ておりぬ「驚く上司」という役目にて
このはなに「紫雲英」の文字をあたえたるひとのいのりよいちめんに咲く
さくはなとはなとのあわい空間を咲かせてしろきかすみそうたつ
「かりん」所属の作者の第1歌集。
1首目、自分が失ってしまった少年性に対する憧れと憎しみ。
3首目、「亀の子たわし」に職場で働く人の心を重ね合わせている。
4首目、サックスの指を当てるキーボタンが白蝶貝なのだろう。「海底」と「楽器」の組み合わせに広がりを感じる。
5首目、夜のコンビニの窓に映った自分の姿。面白い切り取り方だ。
8首目、内心それほど驚いてはいないのだ。部下もまた「伏目の部下」を演じているのかもしれない。
10首目、花束の歌と読む。かすみ草は花束のボリュームアップに欠かせない。
2016年6月19日、角川文化振興財団、2600円。