副題は「短歌日記2015」。
2015年1月1日から12月31日まで、ふらんす堂のホームページに発表された短歌365首を収めた第16歌集。
どの婦人も耳が一つで口二つありて姦し昼の車内は
一人なる夕餉を終へて俎板の使はなかつた裏も洗へり
漱石といふ宝石がてのひらに在る思ひして「文鳥」読めり
ケースワーカー、ケアマネージャー、ホームヘルパー会ふこともなし妻逝きてより
桜島山体膨張説あれどふもとに実るデコポンうまし
見ることのありて触れたることのなき虹、さるをがせ、白き耳たぶ
女人らの髪はたはたす地下鉄がトンネルの丸き空気押し来て
国々に酒(しゆ)と肴(かう)ありて白ワイン旨からしむるにしんのマリネ
三十で被爆し〈原爆ドーム〉として立ち続け今年百歳の翁(をう)
富有柿手に持ちがたきほど熟れて頽(くづ)るるを口で啜りつつ食ふ
1首目、相手の話を聞くよりも自分が喋る方が優先。
2首目、「裏も」がいい。ここに暮らしの手触りがある。表だけ洗ったのでは歌にならない。
4首目、以前は頻繁に家にやって来た人たち。親しい人のようにも感じたのだろうが、それはあくまで仕事の上での付き合いであったのだ。
6首目は下句に挙げる三つの順番がいい。「さるをがせ」は木の枝から垂れ下がる地衣類。
7首目、地下鉄のホームで見た光景だろう。「丸き空気」がいい。空気砲みたいだ。
9首目、元は広島県産業奨励館であった建物。擬人化して詠まれることで、建物の経てきた歴史が身近に感じられる。
10首目、ウ段の音がよく響く一首。特に下句は15音のうち実に11音がウ段である。
作者の嫌いな鵯は今回も何度か登場する。そして、それにもまして多いのが「スマホ」の歌。特に歩きスマホがお嫌いなようだ。
ついには「スマホ」を「須藤真帆」と擬人化して、
平成も四半世紀を過ぎたぞな国ぢゆう須藤真帆が行くぞな
などと詠んでいる。
ここまで行くと、怒っているというよりも、むしろユーモラスである。
2016年5月20日、ふらんす堂、2000円。