和歌山県の太地町で行われているイルカの追い込み漁は、近年、国際的な批判にさらされている。関係者へのインタビューや資料に基づいて、この問題をどのように考えれば良いのかを示したノンフィクション。
こうした問題に関して公平・中立な立場を取るのは難しいし、そのような立場が存在するかもわからない。それでも著者が努めて冷静に客観的に記述しようと心掛けていることはよく伝わってくる。好著と言っていいだろう。
和歌山県が最も多くイルカやゴンドウを捕っているわけでもない。小型鯨類の捕獲頭数を県別にみると一位は常に岩手県で、(・・・)和歌山は捕獲頭数では大きく水をあけられた万年二位の県である。
といった事実や、太地町のイルカ追い込み漁が伝統的なものではなく1972年頃に新しく始まった漁法であること、「ザ・コーブ」に主演した活動家リック・オバリーがかつてイルカの調教師であったことなど、私の知らなかったことが多く記されている。
また、バンドウイルカに関して言えば、食肉としての利用(1頭1万円程度)よりも水族館への販売(1頭40万〜70万円)が目的となっていることなども明らかにする。
そのうえで、著者は漁師へのヘイトスピーチや違法行為を繰り返すシーシェパードなどに対して厳しく非難するとともに、私たち自身の問題についても問いかけるのだ。
傲慢不遜な彼らに対する反発から、私たちのなかからイルカ漁について虚心坦懐に考えようとする気運が失われてしまったことも事実である。
文化と伝統、漁業の衰退、地域振興、環境保護、動物福祉など、多くの問題を考えさせる一冊であった。
2015年8月11日、平凡社新書、840円。