森岡貞香の全11冊の歌集から歌を引き鑑賞をほどこしたもの。
「短歌現代」2009年8月号〜2011年12月号の連載した文章を元にまとめた一冊である。
定型を所与のものでなく、一首一首ことばを動かすことでかたちをつくっていく森岡さんの歌には一首一首付き合いたい。
と序にあるように、一首ずつの丁寧な鑑賞の光る内容となっている。
例えば
ゆきずりに赤き電話が空(あ)きながらわれ近づかぬとき戀ひてゐつ
の鑑賞の中で「自分がそこに近づかない、ということによって恋う気持を強く意識する」「近づかない、という身体の在りようによって、思いが発見されているのである」と書いているところや、
戸のすきより烈しくみえてふる雪は一隊還らざる時間のごとく
について「「戸のすきより見えて烈しくふる雪は」でなく「戸のすきより烈しくみえてふる雪は」という語順である。自分の体験した時間がそこに烈しく見えているのである」と述べているところなど、新鮮な視点であり納得させられる。
こうした一首一首の丁寧な鑑賞の積み重ねの中から、著者は森岡貞香の歌の特徴をいくつも見出していく。
森岡には心理や自意識をまとまったものとして整理、叙述する歌はほとんどない。
「考へもなく」とか「ゆゑんもなく」とかあえて挿入するのが森岡流である。
移動など動作の意識を強く出すのは森岡の特徴の一つであり、叙述にとどまらないリアルさを付加するのである。
同じ場所の異なる季節の表情に時間の推移を見るのが、森岡の好みなのである。
森岡貞香の歌の魅力がじわじわと迫ってきて、森岡の歌がもっと読みたくなる本である。
2015年12月10日、砂子屋書房、2000円。