例えば次の歌。
遙かなる人の庭にも立つというキハダの高き梢を仰ぐ
高安国世『一瞬の夏』
1976年の「短歌」10月号に発表された「夏山の雨」の中の1首である。長野県飯綱高原の山荘での日々を詠んでいるのだが、この「遥かなる人」というのは一体誰のことだろう。
おそらく土屋文明に違いない。文明は山中湖畔に別荘を持っており、そこはキハダ(黄檗)の木にちなんで「黄木荘」と名付けられていた。高安は長野の山荘に立つキハダを見て、遠くの文明のことを思ったのだ。
実際に、それから数年して、高安は文明の「黄木荘」を訪れている。そのことについては、以前このブログで書いた。
http://matsutanka.seesaa.net/article/387138896.html
何も知らなければ特にどうということのない歌だが、高安の黄木荘行きのきっかけになった1首かもしれない。そうした背景を踏まえて読むと、随分と味わいが増すように思う。当時63歳であった高安の、師・文明に対する変わらぬ思いが滲んでいるのである。

