教職に関する歌、三人の子どもを詠んだ歌が特徴として挙げられる。タイトルは〈chaos(カオス)より空と大地の生まれにし朝を思いぬ未明の窓に〉という一首から取られている。
抽斗の奥は河口へ続くのか子は宿題を次々なくす
植木算は木を描きながら解くのだと子はいう枝に葉をつけながら
教職の奥のふかさよなじみなき小の便器も磨き慣れたり
葦原につめたき石を投げいれぬ夏さらば青きほたるとなれよ
ある朝はわが子を食みてきらきらと光るたまごを産みゆくめだか
三平方の定理の証明問題が机上にありて子の姿消ゆ
男性の担任だったらよかったと言われしことを思う年の夜
みかん屋のむすめは息子の幼なじみきれいな指で伝票を書く
新秋の草生を飛べるあきあかね風の縫目にふっと止まりぬ
官吏より奸吏が先にくる辞書のルールたのしくつれづれに引く
1首目、抽斗にしまったはずのプリントが、いつもどこかへ行ってしまう。
2首目、算数がいつの間にかお絵描きに。
3首目、男性用の小便器は最近の家庭にはない。学校の男子トイレを掃除する時にだけ触れるのだ。
4首目、「夏さらば」は「夏になったら」の意味。石が蛍になるイメージが美しい。
5首目、水槽に飼われているめだかの生々しい生態。
6首目、問題を解きかけて、どこかへ行ってしまった子。
7首目、長年教師をやってきた作者にとって、この言葉は何ともつらい。
8首目、遠くに住む息子へ送る蜜柑。いつの間にか大きくなっている娘を見ながら、自分の息子のことを思う。
9首目、「風の縫目」がいい。空中に停止しているのだろう。
10首目、漢字の字数が少ない順に並ぶルールのため、「官吏」(役人)の前に「奸吏」(不正をはたらく役人)が来るのだ。
2015年10月27日、六花書林、2400円。