第13歌集。
長年連れ添った夫に続いて、この歌集で作者は一人娘を亡くす。
しみじみとした寂しさが歌集全体から伝わってくる。
八幡宮の公孫樹仆れて果(み)の熟るるごとき残香が永く匂ひぬ
午後となりて暑熱厳しき室の内に過去の雫のごとくわが坐す
つばさの影さして過ぎゆく鳶のありつばさの影は若葉をわたる
書き進み書き澄みて無心となる折を神の訪れと思ひつつ待つ
蟬声(せんせい)をききわけて山に棲みをれば蟬の生にも長短のあり
日が差せばものの翳濃き雪の街たしかなるもの持たぬ吾が往く
いつしかに好みてぞ飲む鎌倉館のキナコチーノとよぶ珈琲を
今日なすべきことのいくつかを数へゐてすでに事了へしごとき安堵感
涙流すこと恥として生きて来し世代ゆゑのみこむ涙が熱し
お前はもう充分堪へた吾娘(あこ)の死を褒めつつその髪撫でゐたりけり
1首目、「果の熟るるごとき残香」が印象的。倒れてもなお残る生命力。
2首目、「過去の雫のごとく」に何とも言えない寂しさがある。
4首目、文章を書きながら、徐々に雑念が消えていく感じ。
5首目、蝉も一匹一匹声が違うのだ。それを聴き分けているのがいい。
7首目、きな粉入りのカプチーノだろうか。最初は「何これ?」と思っていたのが、今ではお気に入りになっている。
9首目、10首目は亡くなった娘への挽歌。思い切り泣きたいのに涙を堪えてしまう性はどうすることもできない。「もう充分堪へた」は癌で亡くなった娘にかける最後の言葉である。
「遂に全く孤りになってしまった私の一首の力綱ともなった短歌」という言葉が、実によく感じられる一冊であった。
2015年10月6日、短歌研究社、3000円。