2012年から2014年までの作品409首を収めた第8歌集。
亡き人を語りて書きてそののちにもつと本当のことを思ひ出す
細くかたく鋭いこんな革靴で一生歩いてゆくのか息子
江戸切り子赤いボンボン入れのなか母の心臓のくすりかがやく
階段をのぼれぬゆゑに母はもう使ふなしこのふるさとの駅
すごいねえとみんなが坂を降りゆけばまたひとり記念館の芙美子は
藤咲けば蜂は朝(あした)の六時からからだぢーんと震はせて来る
ばんえい競馬われの賭けたるアバレンボーもホンインボウも坂を上らず
夕すぎて海暗むとき船虫の体色あはくなることあはれ
熱気球一つあがりてまだ青い秋野にうすい痣はうごきぬ
いつまでの子の手のひらを知りゐしか革手袋を送りたけれど
1首目、追悼の文章を書いたり話したりする時の、どこか実際とはずれてしまう感じがよく表れている。
2首目、就職活動をしている息子に寄せる思い。もう見守ることしかできない。
4首目、健康な人にとっては何でもない階段が、のぼれない人にとっては決定的な障害となる。
6首目、どこからか匂いを嗅ぎつけてやって来る勤勉な蜂の姿。
7首目、「暴れん坊」に「本因坊」だろうか。名前がおもしろい。
9首目、「うすい痣」は地面に落ちる影のことだろう。普通なら「うすい影」としてしまうところ。
時事詠、社会詠、旅行詠など、何かに取材した歌が多く、いわゆる日常詠は少ない。作者の作歌意識が強く感じられる一冊と言っていいだろう。
2015年11月1日、角川文化振興財団、2600円。