水もはやふき上ぐるなき噴水の孔(あな)より細き草は出でつも
駆け抜くる馬群の後に緩慢なうごきを見する土のけむりは
転売によりて膨らむ価(あたい)あり桜花のごときあかるさならん
梅苑は夕あかりして行間に分けいるごとき歩みをさそう
さかしまに麒麟翔けつつ空き缶の鳴子が冬の畠を守る
あ、雨と口々にひと言えるとき大いなるものすぎゆくごとし
滝壺につながる径に流れくる冷たき靄に顔は触れたり
建築は書物とおもう日の暮れを古書肆のごとき街をあゆめり
城山の県庁県警県図書館県美術館県旗をかかぐ
伝えきく臨終までの経緯(いきさつ)の脚色さえも謹みて聞く
後半から10首。
1首目、噴水の孔から「細き草」が出ているところに着目したのがいい。
2首目は競馬場の歌。疾走する馬と「緩慢なうごき」を見せる土煙の対比。
3首目、膨らみきった後で散ってしまう明るさなのかもしれない。
4首目は「行間に分けいるごとき」という比喩が印象的。どこか別世界のような。
5首目、キリンビールの空き缶なのだろう。「麒麟」が守ってくれるから強そうだ。
6首目、その一瞬が生み出す隙間のようなものをうまく表している。
7首目、滝が見えてくる前に、まず冷気がやって来るのだ。
8首目、「建築」と「書物」という全く違うものが重ね合わされる面白さ。
9首目、城や城跡の周辺に県の施設が集中しているのは、全国的によく見かける。以前このブログでも「県立図書館とお城」
http://matsutanka.seesaa.net/article/387138407.html という文章を書いたことがある。この歌は愛媛県かな。
10首目は師の石田比呂志の死を詠んだ歌。多少の脚色が混じっていることを承知の上で、細大漏らさず聞いているのである。
一つだけ気になった点を書くと、一首一首の完成度の高さに比して、連作としての流れや重みを感じさせる部分が少ない。
「鉄の香」20首、「欣然」21首、「墨西哥」26首、「エコー」24首などの大きな連作もあるのだが、いずれも連作の中をいくつかの「*」で区切っていて、小連作の集合になっている。連作よりも一首一首で勝負するタイプと言えるだろう。