2015年12月10日

島田幸典歌集 『駅程』

2002年以降の十年間の作品605首を収めた待望の第2歌集。
文語定型を守った端正で落ち着きのある歌が多い。

鉄琴に鉄の匂いし木琴に木の香は立ちぬ教室の秋
春日(しゅんじつ)にさそわれ出でし中庭の壺を覗けばわたくしのかお
軒下に火除けの赤きバケツありてバケツの色の水を湛えつ
天丼に海老の一尾は残されて飯の少なくなるを待ちおり
灌木の繁りのきわをい行きつつバスは自転車を躱(かわ)さんとすも
日の射せるなだりに眠る村のうえ村の十倍の白雲うごく
頌歌(ほめうた)を身を傾けて唱いつつ少年は神を忘れつつあらん
冬ざれのぶどう畑に大鴉小鴉は見ゆ髭文字のごと
白鳥が湖中になせる排泄の始終を見たり水浄ければ
発音をされぬ子音のかそけさに窓を日照雨の斜線がよぎる

良い歌がいくらでもあるという感じの歌集だが、まずは前半から10首。

1首目、「鉄の匂い」に対して「木の匂い」ではなく「木の香」とする細やかさ。
2首目、壺の中に雨水が溜まっていたのだろう。「覗けば」→「かお」という流れにインパクトがある。
3首目、京都ではよく見かける光景。水が赤く見える。
4首目、主役である海老とご飯のバランスを慎重に考えながら食べているところ。
5首目、バスが巨体の生き物のように感じられる面白さ。
6首目は大きな景が見える歌。「村の十倍の」が独特な捉え方だ。
7首目はイギリス滞在中の1首。教会などの合唱団だろう。「身を傾けて」がいい。歌うこと自体の心地良さに没入している姿が見えてくる。
8首目はウィーン滞在中の1首。葡萄の枝とそこに止まる鴉のシルエット。なるほど、ドイツ語の「髭文字」的である。
9首目、何でもかんでも見えれば良いというものではない。写生の歌だが象徴的にも読める。
10首目、「knife」の「k」とか「hour」の「h」とか。それを日照雨の様子の喩えに持ってきたのが素晴らしい。

2015年10月10日、砂子屋書房、3000円。

posted by 松村正直 at 00:10| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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