2012年から15年の作品464首を収めた第13歌集。
それほどに広くあらねど出でゆきて妻はかへらず春の庭より
秋空に始まり桂露、雨山となり白雨、野百合ののちの牧水
はしはしと瞳の中を覗かれてわれに見えざるもの見られたり
天馬にはあらざるがよき野生馬の空を行かずに冬草を食む
厄年は六十一歳が最後らしそののち厄のなきがごとくに
延岡の旬のおこぜの白き刺身醜(しこ)なる顔を呼びよせて食ふ
生きてゐてむなしいと言ふ百歳の母の言葉の古陶のひかり
言霊のことに力もつ元日は酒を酌みつつ口をつつしむ
赤き実にビニール袋かぶせらる千両は鳥に食べられたきを
おのづから喉より出でて異なれり冬は冬のこゑ春は春のこゑ
2首目は牧水の号の変遷を詠んだ歌。若い頃は次々と名前を変えたのだ。
3首目、眼科で検査や治療を受けている場面。自分の目の奥は自分では見ることができない。
5首目、男性の厄年は25歳、42歳、61歳。寿命が延びた現在では、確かにその後にも厄がありそうな気がする。
6首目、わざわざ元の姿を思い起こして食べるところに、おこぜに対する心寄せがある。
9首目、鳥に食べられてこそ、糞になって種が運ばれるのだ。
10首目、季節によって人の声が変わるという捉え方が新鮮。
2015年9月12日、砂子屋書房、3000円。