現代歌人シリーズ8。
第6歌集。
うしなった時間のなかにたちどまり花びらながれてきたらまたゆく
もし泣くとしたらひとつの夏のため ほそいベルトのサンダルを買う
とどかない場所あることをさびしんで掌はくりかえし首筋あらう
はてしない秋の浪費よ くれないもおうごんもみな水にしずんで
あさがおの素描かざってある部屋のドアにうっすらノブの影ある
きわまりて声のかすれるそのときに言葉はもっとも美しくある
沈黙というかがやきのなかに咲くモクレン属の白木蓮は
きっぱりと列車は橋をわたりゆき川のすべてが夕暮れとなる
水晶橋わたって蕎麦を食べに行く夏至のあおぞらゆるゆるとして
飛蝗からみればわたしは巨大なり眼から涙を流したりして
1首目、流れてきた花びらを見て、ふいにわれに返った感じ。
3首目、上句の心情と下句の動作がよく合っている。
4首目、紅葉や黄葉が川や池に沈んでいる場面だろう。「くれないもおうごんも」という表現がいい。
5首目、「ノブ」ではなく「ノブの影」に目を止めている。
7首目、「白木蓮」の中には「黙(もく)」があるのだ。
9首目、「水晶橋」と「蕎麦」の取り合わせがいい。「水晶橋」と「青空」も響き合う。
10首目、おもしろい視点の歌。巨大な眼から大量の水が溢れ出す。
今回の歌集は作者の住む「大阪」色がかなり強く出ている。
一つは地名・固有名詞。
「長堀通り」「南方」「中津」「靱公園」「なにわ筋」「馬場町」「堂島ビル」「土佐堀通り」「箕面ビール」「谷町線」「本町通り」「上町台地」
「淀川」「安治川」「木津川」「堂島川」「東横堀川」「土佐堀川」
「大渉橋」「千代崎橋」「栴檀木橋」「肥後橋」「平野橋」「玉船橋」「昭和橋」「水晶橋」
こうして見ると、水都大阪、浪華八百八橋と言われるように、川や橋の名前が多いことがわかる。
もう一つは大阪弁。
「そんなんとちゃうねん」「きれいやなあ」「なんでなん」「どないしよ」「いかせられへん」「あほやなあ」「そんなもんできるかあ」「ほなまたね」「ようさんおるからに」「あんたはんどこにおるんよ」「笑っときなはれ」「いいひとになりたいのんか」「飛んでいくがな」「のぼってゆくのんか」
大阪という町が、作者の心の大きな支えとなっているのだろう。
2015年11月26日、書肆侃侃房、2000円。