みづからの臍をしみじみ見ることあり臍にあらはるる老いといふもの
きみがつかひし小さき茶碗に飯くへば梅干しなども恋しかりけり
シロップの中に幾とせねむりゐし桃の缶詰いま開けられつ
飛行船向きをかへたる空の下墓地分譲中ののぼりはためく
あぶらげを甘く煮てゐるひとときやお昼のきつねうどんのために
二歳半の孫が来たりておづおづと「猫さん」にさはる三度四度と
かばんの中にあるおにぎりを胃の中にふたつ移して昼の食をはる
食後飲む薬六錠歯のくすり目のくすりあはれこころのくすり
かぎりなく眠れる母の胸元へつけてやりたり紫綬褒章を
日だまりの中にたばこを吸ひてゐる十年のちのわれのごとくに
1首目、臍に老いが現れるというところに実感がある。顔や手などと違って他人からは見えないところ。
2首目、亡き妻の茶碗でご飯を食べているのだ。それが何とも悲しい。
3首目、「ねむりゐし」がいい。よく「擬人法は良くない」と言う人がいるが、ここが「ひたりゐし」だったらつまらない。要はその歌にとって良いかどうかだ。
6首目、孫は猫のことを「猫さん」と呼んでいるのだろう。ここが「猫にさはる」では全くダメになってしまう。
7首目、おにぎりを二つ食べたということも歌になる。簡素な昼食。
8首目、「こころのくすり」に胸が痛む。精神安定剤のようなものだろう。
9首目、2013年春に作者は紫綬褒章を受章した。100歳を過ぎてほぼ寝たきりとなっている母の胸に、その勲章を付けているのだ。