2015年10月19日

校正の楽しみ

昨日、「塔」11月号の校正をしていて、

あまりうまさに文書くことぞ忘れつる心あるごとな思ひ吾師
                 正岡子規

という歌が問題になった。永田和宏さんが全国大会の講演で引いた歌である。

これは子規が天田愚庵から柿をもらった礼状を出し忘れていたことを詫びた歌で、「な思ひ吾師」は「思わないで下さい先生」といった意味なのだが、「な・・・そ」という禁止の形になっていない。引用が間違っているのではないか、という話になったのだ。

結論を言えば、この形で正しかった。
「な・・・そ」以外に、副詞の「な」だけで禁止を意味する用法があるのだった。

さらなる発見がもう一つ。この歌はおそらく

他辞(ひとごと)を繁(しげ)み言痛(こちた)み逢はざりき心あるごとな思ひわが背子(せこ)    高田女王(万葉集巻四―537)


を踏まえていることに気がついた。

「人のうわさが多くてわずらわしいのでお会いすることを避けていました。恋をあきらめるように考えたためと思って下さるな、あなた」(久松潜一『万葉秀歌』)という内容であるが、下句が子規の歌にそっくりである。

子規はこの歌を踏まえて、「あまりのうまさに手紙を書くのを忘れてしまいました。他心があるように思わないで下さい先生」と詠んだわけである。

講演においては日常的な手紙のやり取りの歌として取り上げられた一首であるが、そんな中にも万葉歌の本歌取りが入っているあたりに、当時の人たちの教養の深さを感じたのであった。

posted by 松村正直 at 20:46| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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