2015年10月12日

菅野匡夫著 『短歌で読む昭和感情史』


副題は「日本人は戦争をどう生きたのか」。

『昭和萬葉集』(講談社、20巻+別巻1)の編纂を担当した著者が、短歌を通じて昭和の戦前期に生きた人々の心の動きを読み解いた本。歌人だけでなく一般の人の歌が数多く引かれている。

この本の大きな特徴は、すべての歌にきちんと解釈が添えられていることだろう。その上で、状況や時代背景が詳しく説明されており、通常の歴史では描き切れない個人と社会の関わりが見事に描かれている。

印象に残った歌をいくつか引こう。
まずは空母「蒼龍」の乗組員として真珠湾攻撃に参加した佐藤完一の歌。

東経百八十度今宵過ぐてふ日暮時海霧(ガス)は立ち来る壁の如くに
防水区画今は全し我が部署に空気の通ふ孔(あな)二つだけ
攻撃機還りたるらし通風筒に耳あてて聞く遠き爆音
戦闘部署十三時間に及ぶこと耳鳴りを感じまた水を飲む

現場の人ならではの迫力と臨場感のある歌である。
こうした歌が残されていることの意義は決して小さくない。

続いて、戦時中の食糧増産のために作られた家庭菜園を詠んだ歌。

妻よ見よ蒔きたる小豆日を吸ひて芽立ちきそへり死なずともよし
               内藤濯

素朴な歌の中にあって「死なずともよし」が強く響く。
内藤濯が『星の王子さま』の翻訳で有名なフランス文学者であることを思うと、胸に迫るものがある。調べてみると、内藤は学生時代から短歌を詠んでいて、昭和46年には宮中歌会始の召人も務めている。

最後に、敗戦後の子どもたちの姿を詠んだ歌。

玉音に泣き伏しゐしが時ありて児らは東京へ帰る日を問ふ
               永山嘉之

学童疎開の子どもたちは、敗戦のショックも束の間のこと、早く東京の親元へ帰りたくてたまらないのだ。その切り替えの早さに、戦後へ向けた明るさを感じる。

こうした心の動きも、歴史の教科書には載っていないことだろう。

あとがきに「寿命が許せば、父母と私たちの時代「戦後」も書いてみたいと思っている」と記す著者の次作にも期待したい。

2011年12月15日、平凡社新書、800円。

posted by 松村正直 at 09:14| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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