帰らうとうながすこゑにうながされ銀河を渡りゆく酔漢は
降りつづく雪の夜は明けししむらにともりてゐたる雪洞(ぼんぼり)も消ゆ
雲間より陽の照らすときにんげんに尾鰭のごとき影がしたがふ
たかが水なれどボトルに詰められてされど水となる天然の水
冬瓜(とうがん)のとろりとするを嘘つけば抜かれるといふ舌にころがす
透明な袋の中のかたまりの散(ばら)けたるとき泥鰌あらはる
見納めとなるかもしれぬ桜みて埴輪の馬はゆふべかへらず
便箋の透かしとなりてゐるランプ書き泥(なづ)む手を照らしてくれる
にぎる手をにぎりかへさむとする力なくて母ひとり枯野さまよふ
曲がり角ひとつ間違へわが夢に来られぬ母にともす灯(ともしび)
2005年から10年まで結社誌「朔日」に発表した作品610首を収めた第11歌集。歌の制作期間は前歌集『草隠れ』と重なっている。
2首目、雪の降る夜の身体感覚が「雪洞」という比喩で鮮やかに表現されている。
4首目、ボトルに詰められることで、ただの湧き水が商品になる。
5首目、冬瓜のとろけるような軟らかさと「嘘」の甘美さが響き合うようだ。
6首目は発見の歌。かたまりになっている時には何だかわからなかったものが、一匹ずつにほぐれて初めて泥鰌だとわかる。
8首目、透かしのランプが実際に光っているように感じられる面白さ。
9首目と10首目は母の死を詠んだ連作「昨日また今日」から。「枯野」や「灯」のイメージが歌に陰影を添えている。
2015年8月15日、柊書房、2600円。