2010年に亡くなった河野裕子さんについて息子の立場から描いた評伝。
甲賀郡国語研究科編集「すずか」に掲載された中学時代の創作や、高校・大学時代の日記など、これまで公開されていなかった資料も使って、河野さんの生涯に迫っている。自分の母について書くというのは、距離感が難しいだろうと思うのだが、この本は客観的な記述と主観的な思い出や母に対する思いとのバランスが非常に良い。
冒頭の「あんたと結婚する人はかわいそうや、老後の楽しみがなんもあらへん」に始まって、河野さんの印象的なセリフがたくさん出てくる。
「五月ってかっこええやんか。だから私は絶対に、なにがなんでも五月に産んでやろ、と思ってたんよ」
「結婚して家を出たら女はひとりなんです。誰も味方はいません。だからなんとしても夫が味方についてあげなくちゃダメなの」
「あなた、同じ青魚でもこれは秋刀魚ですよ。鰯はもっと頭が丸くて、秋刀魚はほら口がとんがっているでしょ」
「来て、なんや知らんけどおもろかったなあ、楽しかったなあ、言うて帰ってもらったらそれでよろし」
どのセリフからも、生前の河野さんの姿が彷彿とする。
いくつかの新事実が含まれていて、今後の河野裕子研究にとっても欠かせない一冊となるだろう。『蟬声』の中の
旧校舎の窓辺に木苺咲きゐしがそれには触れず演台おりる
という一首と『桜森』にある
木いちごの緑葉照れる木造の階段教室に初めて逢ひき
との関連性を指摘したのも、おそらく初めてのことだと思う。
少し気になったのは、日記に出てくる同級生の名前はイニシャルや仮名でも良かったのではないかということ。あと、河野家の血縁関係が入り組んでいるので、家系図を載せても良かったかもしれない。
全体に読みやすい文章で、300ページを超える分量を一気に読ませるだけの力がある。河野さんに興味のある方は、ぜひお読みください。
2015年8月24日、白水社、2300円。