2015年09月16日

選歌についての私感(その2)

選を受けて、その選に完全に納得できる人はいないだろう。当り前のことだ。自分が採られると思った歌が採られて落ちると思った歌が落ちるのなら、選を受ける必要などないのである。

だから、納得できないと不平を言っても仕方がない。諦め悪く他の選者に送り直すのも賛成できない。納得できない選を、それでもいったん自分の中に受け入れることが大切なのではないか。そこに学びの第一歩があるのだと思う。

なぜ、その歌が落とされたのか。あれこれ考えて、何となくわかることもあるし、その時は全くわからないこともある。何年か経って初めてその意味に気付くこともあるだろう。それが選者の考えと一致しているかどうかはもちろんわからない。それは永遠に知りようがない。

でも、それで一向に構わないのだ。大切なのは、そうやって「自分で考えること」だからである。最終的には、自分で考えたこと、自分で気が付いたことだけが、自分の歌作りの役に立つ。

どんなに偉い歌人でも、歌作りの大事な部分を言葉で伝えることはできない。それはそうだろう。もし歌作りが言葉で教えられるものなら、短歌入門書を読めば済む話だ。

posted by 松村正直 at 07:13| Comment(4) | 短歌入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こちらについても納得です。
選者を試そうとする人がいますが、
何のために結社にいるのか疑いたく
なりますね。
Posted by 鈴木竹志 at 2015年09月16日 22:39
選者と会員との信頼関係が何よりも大切なのだと思います。
聖書にある「主なるあなたの神を試みてはならない」という文句を思い出しました。
もちろん、選者は神ではありませんが。
Posted by 松村正直 at 2015年09月17日 06:30
選に入る入らない、歌会でよしとされるされない、添削に納得するしない…、色々なことで、気持ちがガサガサするとき、このページに立ち返っています。ありがたいです。

テレビで人様の添削をみると面白いし勉強になると納得するが、自分のを人に指摘されたり添削されたりすると、ありがたいけども、気に入らず、腹が立ったり相手の教養を疑ったりさえするときも。修行不足です。

師になるとは大変なことですね。弟子になるのも心構えがいると、反省します。
Posted by しのぶ at 2018年04月14日 14:06
選歌も添削も批評も、すべては学びのチャンスだと思っています。
考え方次第で、どんなことでも自分の歌づくりにとってプラスになりますからね。

Posted by 松村正直 at 2018年04月14日 14:44
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