2015年09月12日

柏崎驍二歌集 『北窓集』


2010年から14年までの作品420首を収めた第7歌集。

作者の故郷は三陸町吉浜(大船渡市)で、現在は盛岡市に住む。東日本大震災を詠んだ痛切な歌が数多くあるほか、東北の暮らしや風土に関わる歌も多い。

上の家下の家ある坂のみち海のひかりが崖(きし)を照らせり
おのづからわれを離れて霧となる息嘯(おきそ)の息のごとく詠みたし
当初わが嫌ひたる名のひとめぼれ・あきたこまちに慣れていま食ふ
流されて家なき人も弔ひに来りて旧の住所を書けり
春寒き比叡の社の階(きざはし)にわが脱ぎし靴を人は直しつ
「鴻之舞金山跡」の碑に近くそれより大き慰霊の碑あり
負ぶはれて逃れたれども負ぶひくれし人を誰とも覚えずと言ひき
隣家のバケツが庭に飛ばされて来てをり梅の蕾ふくらむ
大根の膾に載りてひかるものはららご赤く年あらたまる
禿頭に手をおく人が描いてある南部盲暦(ゑごよみ)今日半夏の日

1首目、「上の家」「下の家」がいい。海沿いの傾斜地に立つ家。
2首目、第47回短歌研究賞を受賞した「息」20首(歌集では18首)のタイトルになった歌。ただし連作の中身は大幅に変っている。
4首目、避難所に住んでいるのだろう。「旧の住所」が悲しい。
6首目、北海道紋別市にあった金山。最盛期に13000人が住んだ場所は、現在無人となっている。
8首目、春一番のような強い風の様子を、「風」と言わずに詠んでいる。
10首目、文字の読めない人にもわかるように絵で書かれた暦。「禿頭」=「ハゲ」=「半夏」ということだろう。

葦群のなかゆくみちの湿り地の沈みがちなる今朝のものおもひ
軒下に凍るつららのつらつらに君を偲ぶも今日葬りの日

印象に残ったのは、このように序詞を用いた歌がいくつも見られること。1首目は上句の内容が「沈みがち」を導き、2首目は「つらら」から「つらつらに」と音でつなげている。こういう歌を読むと、序詞という技法は現代短歌においてもかなり使えそうな感じがする。

2015年9月8日、短歌研究社、2500円。

posted by 松村正直 at 07:06| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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