そのうちの一つ「ブリッジ」30首で第50回短歌研究賞を受賞している。
そのこゑの身のうち深く遺れるを鎮めてひとり蕎麦を啜れり
抜かれたる奥歯のありし空間を舌に確かめ寝につかむとす
整然と鉄路に向きて午後五時の西日を浴ぶる自転車の列
型通り入れねば蓋の閉まらざる積木の箱はいづこにゆきし
夢にしてゆふべの川を渡りしが声に濡れたり現(うつ)つなるらし
駅員に遅延の文句をわめきゐるあの酔漢はわれにあらずや
灯の下にときどき顔を見合はせて風の音聞く猫と子どもと
囲はれし穴を視線はひとまはり古代の水の湧き出(で)しところ
ドアの向かうに人がゐますと書いてある貼り紙を読むドアのこちらに
命ひとつ宿せる人のかたはらに刺繍の薔薇は形成(な)しゆく
「短歌の師である武川忠一が亡くなり、その偲ぶ会の数日後に母が亡くなった。また、その約一年後に父が亡くなった」とあとがきにある。全体に落ち着いた雰囲気の歌が多い。
1首目、亡き人の声を思い出しつつ蕎麦を食べているところ。
3首目、「鉄路に向きて」がいい。どの自転車も同じ向きに並んでいる。
4首目、間違ったところに入れると、箱からはみ出してしまうのだ。
6首目、他人へ向けた視線が下句で自分へと反転する。
7首目、何とも可愛らしい光景。風が強いのだろう。
10首目、妊娠している人が少しずつ刺繍をしている場面。
2015年7月21日、砂子屋書房、3000円。