2008年から2014年にかけての歌を収めた第4歌集。
夫にはまだ母がゐる携帯電話(ケータイ)のこゑがおほきくなるから分かる
かずかぎりなき石川一動悸する心を持ちて汽車を待ちしか
新宿を包む夕立みづの香に追分宿の馬の香を嗅ぐ
夜行バスは遠つあふみを行くころか息子その他を眠らせながら
書物より盗み来しなり胸に抱くほのか熱もつコピー紙の束
緩斜面にも急斜面に桃植ゑて右左口は桃の花雲のなか
繊きほそき金の月の弧歌びとの死をもて畢る歌誌のいくつか
鵯をあまた眠らす夜の木もまぶた落してねむりゆくなり
川幅の遊歩道なり新年の光のなかを撓ひつつ伸ぶ
ハナニラの白きが星のやうに揺れ写生の子らは散らばつてゐる
東日本大震災、息子の結婚、孫の誕生といった出来事が詠まれているほか、北原白秋、木下杢太郎、斎藤茂吉、石川啄木といった近代歌人に思いを馳せる歌が多くある。これは『メロディアの笛―白秋とその時代』の執筆時期と重なっているためでもあろう。
1首目、「まだ」とあるので、自分にはもう母がいないことがわかる。
2首目、「石川一」は啄木の本名。夢と決意を抱いて地方から上京した明治の若者たち。
3首目、新宿はもともと甲州街道の宿場(内藤新宿)であった。突然の雨にビル街が霞み、昔の宿場のまぼろしが甦ったのだろう。
5首目、図書館などで大量に資料のコピーを取ったところ。「盗み来し」という感覚が鋭い。
6首目の「右左口」は山崎方代のふるさと。あちこちに桃の花が咲き乱れている。
9首目、かつての川が暗渠化されて遊歩道になっているのだろう。
10首目、ハナニラの花の感じが、絵を描く小学生くらいの子どもたちの姿とよく合っていて可愛らしい。
2015年7月7日、青磁社、2500円。