そして秋、加速度つけて若者は離れゆくなりバラク・オバマを
父と一つの傘に入りつつゆく道に蓼倉橋(たでくらばし)はほそくかかりぬ
にんじん色のセーターに顎を埋めつつ一ページをまた戻るチェーホフ
わたしがいないあいだに落ちしはなびらを丸テーブルの上より拾う
はるさめがきらめくすじをひくまひる 長生きをせよと母に言わせる
ろうそくに火を近づけて分ける火のふたつになればふたつが揺れる
今日は眼鏡の奥に引っ込み出てこない人と思いぬ黒縁めがねの
ぼうぼうと八つ手の花が咲いているかたわらにあるみじかき石段
自転車のサドルの上にやわらかい崖をつくりて雪積もりおり
肉厚の波は大きくなだれ落ちわれの眼窩をふかく洗うも
第5歌集。
京都の鴨川あたりの風景、老いてゆく両親、自らの病気、そして時おり出てくる弓道の歌が印象に残った。
1首目、圧倒的な人気と期待を背負って就任したオバマ大統領も、今では見る影もない。
2首目、「蓼倉橋」という固有名詞がいい。
4首目、卓上に飾ってある花。誰もいない時間にひっそり落ちた花びらを思う。
5首目、病気をした時の歌だが、「言われる」ではなく「言わせる」がせつない。老いた親に心配をかけてしまったという思い。
6首目、蠟燭から蠟燭に火を移しているところ。「火」「ふたつ」の繰り返しが雰囲気を生み出している。
9首目、「やわらかい崖」が秀逸。「やわらかい」と「崖」、ふだんは結び付くことのない言葉の出会いが新鮮である。
10首目、荒海を眺めている場面。眼に映るものは、ただ波ばかり。
2015年6月28日、砂子屋書房、3000円。