『現代短歌全集』(筑摩書房)第5巻収録。
わがあとに 歩みゆるべずつゞき来る子にもの言へば、恥ぢてこたへず
蜑の子や あかきそびらの盛り肉(ジヽ)の、もり膨れつゝ、舟漕ぎにけり
沢蟹をもてあそぶ子に 銭くれて、赤きたなそこを 我は見にけり
道に死ぬる馬は、仏となりにけり。行きとゞまらむ旅ならなくに
島の井に 水を戴くをとめのころも。その襟細き胸は濡れたり
人の住むところは見えず。荒浜に向きてすわれり。刳(ク)り舟二つ
八ヶ嶽の山うらに吸ふ朝の汁 さびしみにけり。魚のかをりを
猿曳きを宿によび入れて、年の朝 のどかに瞻(マモ)る。猿のをどりを
峰遠く 鳴きつゝわたる鳥の声。なぞへを登る影は、我がなり
馬おひて 那須野の闇にあひし子よ。かの子は、家に還らずあらむ
民俗採集のために各地を旅した際に詠まれた歌が多く収められている。
1首目、もの珍しい旅人の後を付いてくる子。今ではこんな子はもういない。
2首目、力強い漁師の肉体を詠んで、エロスを感じさせる。
4首目、道端の馬頭観音を詠んだ歌。移動や運搬のために使われた馬が死んだ際に、供養のために建てられたのだろう。
5首目、島の井戸に水汲みをしている少女。大変な仕事だ。
8首目、「猿曳き」は猿回しのこと。正月に家々をまわって芸を見せ、お金をもらっているのだ。
9首目、一人で山道を登っていくところ。斜面を動いていくのは、自分の影である。