2000年に岩波書店から刊行された本の文庫化。
釈迢空という筆名を最初の手掛かりに、その歌や小説を丹念に読みながら、作品の背後にある人生の謎に迫っていく評伝。
文献などによる実証的な部分だけでなく、推量によって描いたり暗示したりという部分も多いのだが、迢空のかなり深いところまで見えてくる内容となっている。
「連作だから、常に同じ境地に止つてゐなくてはならない訣ではなく、却て中心が移動して行く方が効果がある。其上もつと必要なことは、主題と殆関係のない描写をしてゐて、而も読者が、自然に二つを関連させる、と言つたやうな作物もまじつてゐることが、取り分け必要である」
随所に迢空の言葉が引かれているのだが、これなどは現在でも連作論として十分に通用するものだろう。
自伝的小説といっても、小説というのは現実のなかの、小説のために「使える」ところを使って書かれるのはいうまでもない。
これは、たとえば、歌舞伎の女形と、女優のちがいを思い起させる。女形は男の肉体の虚構としての「女」である。コトバが素材のままのナマであることで、舞台に上った時つまり「詩」作品になった時かえって素材感(リアリティ)がない。
詩人・小説家ならではの感性で、著者は迢空の作品を読み解いていく。富岡多惠子と釈迢空の「対決」と言ってもよく、また奇跡的な「出会い」と言ってもよい一冊である。
2006年7月14日第1刷発行、2011年6月15日第3刷発行、岩波現代文庫、1160円。