2015年06月15日

真中朋久歌集 『火光』 (その1)

著者 : 真中朋久
短歌研究社
発売日 : 2015

雪の日のみ屋根のしろさにそれと知れる山の中腹の寺か神社か
人間(じんかん)に生きてゆくほかあらざれば熊野熊吉酔ひて唄へる
慰留せしもされしもすでに退社してほとんど別の会社なり今は
娘(こ)と歩む春の林の数歩さきにがさがさと鳩は交接をしき
お忘れになりましたかと言ひながらうしろから肩にふれるてのひら
さんずいのかはとぞいひてまなうらにふなだまりある岸をゑがけり
旧街道ななめに入りふたたびを浅き角度にわかれゆきたり
子を連れて逢ひし夕ぐれ翳りたる表情は読まぬままにわかれき
望むままに行へとわれにいふ人よそのとほりすればこの世にゐない人よ
みづのなかをゆくここちして目をとぢる徐行にて過ぎる三河安城

2011年から2014年までに発表した516首を収めた第5歌集。
良い歌がたくさんあるので、何回かに分けて紹介を。

1首目、ふだんは目に付かない建物が、雪によって存在感をあらわにする。
2首目、「熊」という名前であっても、悲しい人間世界で生きていくしかないのだ。
5首目、誰かが忘れ物を拾ってくれた場面とも読めるし、「私のことを忘れたの?」という歌にも読める。
6首目、「河」という文字とともに記憶に浮かび上がってくる光景。
7首目、新しい道と旧道とがX字に交差しているのだろう。
9首目、最初「この世にゐない」は「この世に生まれてこなかった」と読んだのだが、そうではなくて「私に殺される」ということかもしれない。そう考えると怖い。
10首目、新幹線のおそらく「こだま」に乗っているところ。「みづ」「目を」「三河」のM音が心地良い。

2015年6月1日、短歌研究社、3000円。

posted by 松村正直 at 08:08| Comment(2) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
娘と歩む春の林の数歩さきにがさがさと鳩は交接をしき   真中朋久

この歌集、ほかげ(火光)と読むのか。平易な表現で平易な場面を詠んでいるのだが、娘、春林、歩み、鳩、交接のことばが思索的にする。父としての娘に思う来るであろう幸福と平安の祈りがみてとれる。
Posted by 小川良秀 at 2015年06月16日 00:22
歌集名は「かこう(くわくわう)」と読みます。
Posted by 松村正直 at 2015年06月16日 07:55
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。