2008年に集英社文庫から出た本に新章を加えた増補改訂版。
最初は2005年に集英社インターナショナルから単行本が刊行されている。
名著。
これは、すごい本だと思う。
元サッカー日本代表監督イビツァ・オシムについての本だが、単なるサッカーの話やスポーツの話ではない。政治や歴史や人生までも含んだノンフィクションである。
「ライオンに追われたウサギが逃げ出す時に、肉離れをしますか? 要は準備が足らないのです」
「トレーニング方法で言えば、教師がこういうメニューがある、と黒板に書いた段階ですでに過去のものになっている」
「『しょうがない』という言葉は、ドイツ語にもないと思います。『どうにもできない』はあっても、『しょうがない』はありません。これは諦めるべきではない何かを諦めてしまう、非常に嫌な語感だと思います」
こうしたオシムの言葉を読むだけでも、もちろん十分におもしろい。
けれども、人をひきつけるオシムの優れた言葉は、彼の経歴と切り離せないものであったのだ。内戦前のユーゴスラビア代表の最後の監督を務め、サラエボ内戦によって2年半も妻や娘と離れ離れになり、後にボスニア・ヘルツェゴビナのサッカー協会の正常化委員会の委員長として民族融和に尽力したオシム。
この本を読んで、自分がユーゴスラビアの内戦やその後の歴史について、あまりに何も知らなかったことに気づかされた。
オシムは、戦争による艱難辛苦によって何ごとにも動じない精神や他文化に対する許容力を得たのではないかという問いに対して
「確かにそういう所から影響を受けたかもしれないが……。ただ、言葉にする時は影響を受けていないと言ったほうがいいだろう」「そういうものから学べたとするならば、それが必要なものになってしまう。そういう戦争が……」
と答えている。
言葉というのは、こんなにも強く、深いものであったのだ。
2014年1月10日、文春文庫、690円。
増補改訂されたのですね!
「増補改訂版」では、11章「再戦」が追加されています。2010年にボスニアサッカー協会がFIFAから加盟資格停止処分を受け、オシムが正常化委員会の委員長となり、その後2014年のブラジルワールドカップ出場権を獲得するまで。