2015年05月10日

『明治短歌の河畔にて』の続き

明治期の和歌(短歌)否定論や改良論を読むと、歴史は繰り返すということがよくわかる。

甚だ無礼なる申分かは知らねども三十一文字や川柳等の如き鳴方にて能く鳴り尽すことの出来る思想は、線香烟花か流星(よばひぼし)位の思に過ぎざるべし、少しく連続したる思想、内にありて、鳴らんとするときは固より斯く簡短なる鳴方にて満足するものにあらず。
    『新体詩抄』(1882年)外山正一の序文

こうした論法は、戦後の第二芸術論においても見られたものであった。

三十一文字の短い抒情詩は、あまり社会の複雑な機構などを知らぬ、素朴な心が何か思いつめて歌い出るときに美しいが、年とともに世界を知ってくると、その複雑さをもこめての幅のあり、ひだのある、感動を歌うにはあまりに形が小さすぎ、何かを切りすてて歌わざるを得ない。
    桑原武夫「短歌の運命」(1947年)

また、荻野由之の和歌改良論の中には「有用」という言葉が出てくる。

サレバ今ノ事物二ヨリテ感動セシ情ハ、今ノ詞ニテ述ブベキ道理ナリ、此道理ヲ推考ヘテ、陋習ヲ破リ、新面目ヲ開クコトヲ勤ムベシ、サスレバ歌モ真ノ有用ノモノトナルナリ
    「小言」(1887年)

このあたり、文脈こそ多少違うが近藤芳美の文章を思い出さずにはいられない。

新しい歌とは何であろうか。それは今日有用の歌の事である。今日有用な歌とは何か。それは今日この現実に生きて居る人間自体を、そのままに打出し得る歌の事である。
    「新しき短歌の規定」(1947年)

歴史を知るということは、無味乾燥な過去を知るということではなく、常に今を知ることにつながっているわけだ。

霜やけのちひさき手して蜜柑むくわが子しのばゆ風のさむきに
さくら見に明日はつれてとちぎりおきて子はいねたるを雨ふりいでぬ
さわさわとわが釣りあげし小鱸(をすずき)のしろきあぎとに秋の風ふく

落合直文に良い歌が多くあることを知ったのも収穫であった。

posted by 松村正直 at 07:47| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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