2015年04月21日

篠弘歌集 『日日炎炎』

2009年から2014年までの作品875首を収めた第9歌集。
1ページ4首組。

冬日さす珈琲カップの影のびて口閉ざしあふひとときもある
書棚より「論争史」抜きてまた戻す若書きの書がわれより生きむ
ペースメーカー賜りしより何か違ふどこか違ふと枇杷を剥きゐる
午後からの会のはじめに声出して己の声を確かめむとす
川ぞこの駐車場よりくちびるを舐めつつ冬の街に出できぬ
空きたりし壜を逆さに立て掛けて数滴を待つひとりの夜は
ワイパーの拭ひきれざるフロントの隈(くま)きしきしとわが手に磨く
もとめ得しものはなけれど古本に触れきたる手に珈琲をのむ
掠(かす)れくるボールペンの尖を火に炙(あぶ)り書き終へたりし冬の弔文
むらさきの満作の垣に片寄せてバックミラーに妻を待ちゐる

現代歌人協会理事長、日本文藝家協会理事長、詩歌文学館館長といった立場で詠まれた歌が多い。特に会議の場面を詠んだ歌の多さが特徴的だ。作者自身、あとがきで「会議社会に生きる自分が会議に重点をおくことは、むしろ現在では異例であろう」と記している。

2首目は古書店で自著『近代短歌論争史』を見ての感慨。20代から書き継いで、40代で刊行した著書である。自分の死後も、本の中で若き日の自分は生き続けるのだ。
3首目、ペースメーカーの調子が悪いわけではないのだが、どうも以前とは身体の感じが違うような気がするのだ。
5首目、地下駐車場から地上へ歩いて出てきたところ。「くちびるを舐めつつ」が冬の乾燥した空気を感じさせる。
8首目、神保町の古書店街を詠んだ歌も歌集には多い。満ち足りた気分が伝わってくる。
10首目、下句の簡潔な表現がいい。建物から出てくるのを待っているのだろう。

2014年11月30日、砂子屋書房、3000円。

posted by 松村正直 at 07:33| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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