顚は雨寒々と降りしぶく雑林のなかを鴉くだりぬ
寒々と霧うつろへる深谿を埋めてしみらに樺の樹は生ふ
山峡(やまかひ)は白き地層のあらはなる断崖(きりぎし)に沿うて川流れたり
車窓にし面(おも)よせて見る深谷の垣山の上を霧は越え来る
後より来るトラック今し虎杖の吹かるる山の裾に沿ひくる
「大豊線」8首より。
作者は昭和12年に樺太北部の敷香から、西海岸の蘭泊の小学校に転任となる。これは、その頃の作品だ。
「大豊線」とは、留多加町大豊から中央山脈を越えて、西海岸の本斗町遠節へと到る横断道路。昭和10年に開通して、路線バスも走っていた。
標高1600メートルくらいの山脈を越える道で、途中には「樺太十五勝」にも数えられた景勝地「豊仙峡」「八眺嶺」(はっちょうれい)などがあった。
1首目、「巓」は「いただき」。雨の降る林に鴉が飛んでいる。
2首目、霧の立ち込める山深い土地を進んでいくところ。
3首目、当時の地図を見ると、「大豊線」はまず留多加川の支流を遡り、山脈を越えた後は遠節川に沿って下っていく。
4首目、車窓から雄大な景色を眺めている様子。「垣山」は普通名詞か固有名詞か。
5首目、虎杖(いたどり)の茂っている山道をトラックも登ってくる。