「NHK短歌」のテキストに2年間にわたって「時の断面―あの日、あの時、あの一首」として連載された文章に書き下ろし原稿を加え、加筆修正してまとめたもの。
「恋の時間」「結婚」「出産」「退職」「介護の日々」「死をみつめて」など、人生の節目節目で詠まれた短歌200首以上を取り上げて、鑑賞をしている。
通勤の心かろがろ傷つかぬ合成皮革の鞄に詰めて
松村由利子『薄荷色の朝に』
(…)この一首では第三句にある「傷つかぬ」がじつに微妙に、そして意味を危うく反転させるように上句と下句とを連結しています。読者は「通勤の心かろがろ傷つかぬ」と読み進みます。(…)ところが実は、第三句は四句以下を修飾する形容だったことが直後にわかるという構造をもっている。
なるほど、的確な読みだと思う。「傷つかぬ」のは「通勤の心」ではなく「合成皮革の鞄」だったと反転するところにポイントがあるのだ。
短歌の鑑賞だけにとどまらず、著者自身の人生についても随所で語られており、エッセイとしての面白さも味わうことができる。
2015年3月10日、NHK出版新書、820円。