第9歌集。2012年から14年までの作品350首を収める。
滝の水、音を離れて落ちにけり飛沫をあびるこの天地(あめつち)に
年齢差は縮まらないということをランプシェードの埃が落ちる
水仙のひややかにしてまよなかのひかりのなかにあなたはひらく
暗い緑の路面電車がやって来る寺山修司七十八歳
黒犬は舌をたらして居たりけり最終バスの発車のあとに
荒野には一本の道あらあらと3七銀は猟犬のごとし
濡れた髪きりきり絞るゆびさきの静かな冬よゆりかもめ飛ぶ
夜よりも朝は甘くてささやきの羽根はふたりの耳を行き交う
ゆるされてあなたの肌を舐めているときおり跳ねるあなたの肌を
腕時計つけて寝ていたちちのみの父の歳月ゆるやかに去る
2首目、上句の思いと下句の景の取り合わせに味がある。
3首目、「ひややか」「ひかり」「ひらく」の「ひ」の音、「ひややか」「まよなか」「なか」の「か」の音、「まよなか」「なか」「あなた」の「な」の音が響き合う。
6首目は将棋の矢倉3七銀戦法を踏まえた歌。
8首目は一夜をともにした男女の朝の様子で、「ささやきの羽根」が美しい。
10首目、父の挽歌の中の一首。「腕時計つけて寝ていた」に父の性格がよく表れている。
2015年1月28日、角川学芸出版、2500円。
彼の歌はこのような並の歌に落ち着いたようだ。ということは創作上においてなんらかわることはなかったといえる。彼はひとりの芸術家ではなかったようである。さて、歌を見よう。夜よりも朝は甘くて、なのだが安ぽい思いつきでいかにも安易に頭で考えたような言葉である。もっと詩の深みがないものか。ささやきの羽根、はわからんでもないのだが少女趣味的なひとりよがりの表現がある。わたしの評はあくまでわたしの視点である。この歌がすばらしいという人もいるだろう。それはそれでこの世の中である。彼も人生後半であるならばひとりの芸術家になってもらいたい。