2015年02月27日

坂野信彦歌集 『銀河系』

1982年刊行の第1歌集。
表紙には宇宙の写真とともに「THE VIA LACTEA」と書かれている。
VIA LACTEA はラテン語で銀河(天の川)のこと。

全体が1部と2部に分かれていて、各125首、計250首を収める。
小題などはなく、1ページ2首の歌がずっと続いている。

しだれ柳そのしたかげに蝶ひとつ入りゆきしのち時ながれたり
水底にくらくわがかげゆらぎをり蛙およぎのかたちのままに
くさはらの二ほんのレール月の夜はつきのひかりをはなつふたすぢ
しらじらと力士らの肉たゆたふをテレビはうつすひとなき部屋に
トンネルに入りゆくたびにひとのてのあぶらはしろく車窓にうかぶ
数億のわれの精子をはらみたる腹部にしろくつきあかりさす
あゆみよるある地点にてみづたまりふいに金属的にひかれり
まひるベンチにひとねむれるをしよくぶつのぎざぎざの影がをりをり襲ふ
ねしづまる深夜の都市を二分してものおともなく運河はくだる
もうろうとわれはねむりにおちてゆく足のみとほく街路をたどる
ジンに浮く氷のかけら小半時この世のひかりうつして溶けぬ
わが死後の月のぼれどもうしなひし意識はとはによみがへるなし

ひらがなを多用した表記が特徴的。
物や自分の存在を見つめるような歌が多い。

2首目、ゆらゆらと歪んで映っている影の形。
4首目、相撲中継を映しているテレビ。「肉たゆたふ」が巧い。
5首目は暗くなった車窓に映る手の脂。外が明るい時は見えない。
7首目、「ある地点」の一瞬の光景を詠んでいる。それより手前でも先でもこうはならない。
8首目、風に揺れる草木の影が人に被さってくる様子を「襲ふ」と表現した。
11首目、バーのカウンターを思い浮かべた。溶けてなくなった氷を詠んだ歌である。人間の一生もあるいはこんな感じなのかも・・・などと思う。

栞(北川豊)には

坂野信彦は正真正銘の一匹狼である。学生時代に「コスモス」で新人賞までとった彼が、どのようにして一匹狼となったのか、そのいきさつはつまびらかでない。しかしとにかく坂野は、目下どの結社にも属さず、作歌仲間ももたず、おまけに三十五歳で独身、なのだ。

とある。

その後の経歴もかなりユニークだ。歌人としては、第2歌集『かつて地球に』(1988年)、評論集『深層短歌宣言』(1990年)、第3歌集『まほら』(1991年)を出版しており、さらに、学者、大学教授、詩人、自然哲学者として幅広いジャンルにわたって活動を続けている。

1982年7月10日、雁書館、2000円。

posted by 松村正直 at 19:04| Comment(3) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いやあ、実に懐かしい歌人ですね。
坂野さんは、コスモスにいた時は、
高野さんのあとを引き継いで、
守屋ビルに泊まることになった
のでは。
Posted by 鈴木竹志 at 2015年02月28日 13:16
わが死後の月のぼれどもうしなひし意識はとはによみがへるなし  坂野信彦

わたしは彼の名をはじめて知った。世には名なき俊英はごろごろといるのだろう。わが死を浮かべて月光射すわが身の廃残を思うは何か、芸術的詩の世界である。
Posted by 小川良秀 at 2015年02月28日 13:52
鈴木さま
河野裕子さんの『私の会った人びと』の中でも、「コスモス」の三彦さんとして、
高野公彦さん、坂野信彦さん、柿崎村彦さんの話が出ていますね。

小川さま
良い歌の多い歌集ですので、どうぞお読みください。
Posted by 松村正直 at 2015年03月01日 11:23
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