平成22年から26年夏までの作品311首を収めた第三歌集。
文語定型を守りつつ、会津の風土を詠んだ歌柄の大きな作品が多い。
連作一つ一つの歌数も多く、骨太な印象になっている。
平成23年の東日本大震災と原発事故は福島の人々の暮らしに大きな被害と影響をもたらした。平成25年に亡くなった佐藤祐禎氏への挽歌をも含めて、震災と原発に関する歌がこの歌集の根幹と言っていい。歌数の311首も、3・11を意味しているのだと思う。
いづこにか雨にぬれたる猫がゐる闇やはらかく猫になりゆく
磐梯は磐のかけはし 澄みとほる秋の空気を吸ひにのぼらむ
避難所のおほいなる闇 百三十の寝息のひくくひくくみちたる
さくら花たたふる夜の黒髪をくしけづりゆくつくよみをとこ
福島を切り分くる線 幾十度いくそたび変へられてゆかむか
やはらかく前に後ろに揺られゆく秋のひかりをぶらんこといふ
のどけしな磐梯の田は田植機をあまた侍らせ昼寝をしたる
線量は毎時六・五マイクロシーベルト 防護服着て墓洗ふ人
木偏に冬、くさかんむりに冬と書く歌人ふたりの歌を思ひき
昨夜よりの雨止みにけりテニスコートに雀の貌を映す水あり
2首目は地元の会津磐梯山を詠んだ歌。活火山の荒々しさを秘め持つ山を歩いて、天へと登っていくような清々しさを感じさせる。
4首目は、満開の夜桜に射す月の光を男女の関係に喩えている。
6首目、揺れているのが「秋のひかり」なのだという目の付けどころがいい。
9首目は小泉苳三と宮柊二のこと。ともに日中戦争に従軍して『山西前線』『山西省』という歌集を残している。
2014年11月1日、青磁社、2500円。
東日本大震災を歌ったものだろう。わたしの住んでいる丹後も地震の起きる周期に入っているそうだ。鬼神のなせることに何の力もなく悲惨を見ねばならぬのではなかろうか。この猫はかって飼われていたもので彷徨(さまよ)っているのだろう。荒廃地の雨にぬれ夕闇がやわらかく慰撫するように猫をつつむ。闇に猫の目がひかり暗闇にただかなしみがあてどない。後句の表白が胸を衝く。