2014年12月13日

佐藤佐太郎、斎藤茂吉、高安国世(その3)

6月17日に「今月末には行ってしまおう」と言っていた茂吉であるが、実際に箱根強羅の山荘に行ったのは7月2日のことである。日記には

○午前四時四十分出発、箱根ニムカフ。荷物重キタメニ自動車途中ニテパンクセリ。八時半強羅ニ着。

とある。なかなか大変な道のりだったようだ。

夜ハ左千夫小説、「隣ノ嫁」ヲ読ミハジム(7月3日)
「野菊ノ墓」ヨリ解説ハジム(7月5日)
「真面目ナ妻」解説、「去年」解説ヲシテ日ガ暮レタ(7月8日)
「分家」後篇ヲ読ム(7月10日)

など、箱根に行く前から続いていた伊藤左千夫関連の仕事が続く。これは昭和17年に『伊藤左千夫』として出版されるものだ。その後、

維也納到着ヨリ帳面ノ未完成歌ヲ整理シハジム(7月11日)
ドナウ下航、トブダペストノ雑歌ヲ少シク整理ス(7月15日)
帳面維也納大正十二年度。ソノ一部ヲ除イテ大体スンダ(7月19日)

など、後に歌集『遠遊』『遍歴』に収められる歌の整理が続く。

posted by 松村正直 at 07:26| Comment(0) | 高安国世 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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