2010年から2014年にかけての作品386首を収める。
製本屋は本を、製本屋の妻は睡蓮の大輪を咲かせる
夕暮れのホンシュウジカは細く啼きひとを呼ぶなり秋の図鑑に
いざべら、というひとが来る坂道を私は隠れて見ていた子ども
圧縮ファイルひらいたように春来たり木々の芽はさらに木々の芽を呼び
桃の花散るように我を忘れゆく祖母なれど桃の花をよろこぶ
ひとたびの雨にてかくもすさまじく草は満つ 我も砂漠であった
おおちちのものさしをもてよれよれになりしこころをぴしりと叩く
祖父よ眼を閉じてもよいか烈風に煽られて針のように雪来る
パーテーションごしに聞きおり来月よりチームのなくなる人が鼻かむ
ブルーシートの中蒸れている除染土の中蒸れている種子もあらんよ
巻頭に「祖父たちへ。祖母たちへ。」という献辞がある。
東日本大震災後のふるさと福島に寄せる思いが数多く詠まれている一冊。
編集プロダクションでの仕事の歌にも印象的なものが多い。
2首目は本物の鹿かと思って読むと、実際は図鑑の中の鹿であるという面白さ。
3首目は連作「いざべら」7首より。イザベラ・バードが見た東北の子どもたちの姿に自分を重ね合わせている。
4首目は初二句の比喩が現代的だ。
7首目、「叩く」だけを漢字にした表記が効果的。真っ直ぐな、存在感のある竹のものさし。
8首目、猪苗代湖の南岸の集落で一生を終えた祖父。「針のように雪来る」に冬の厳しい風土性が滲む。
10首目は原発事故後の福島の苦難と再生への思いが感じられる。
2014年9月1日、本阿弥書店、2800円。