第14歌集。
2010年1月から2012年6月までの作品から約570首を収める。
時は我を寒き〈余白〉に連れ出せりかかとの皮が硬くなるなど
ふるさとの夜ぞらに居りし大さそり皇居のふかき夜ぞらに思ふ
この世から徐々に離れてゆく老いよ粥の深みに匙沈みゐて
でんせんの弛(たゆ)み静けしあかときは人生(あ)れやすく、死にやすき刻
モノレールに懸垂型と跨座(こざ)型とありてこの世の味はひ深し
うしろよりいだく両乳(もろち)のやはらかさ想ひしのみに電車に目を閉づ
ひつそりと赤い車が〈言の葉〉を集めて回る春のゆふぐれ
雪ふれる因幡と伯耆しろたへの一つ国原となりて年越ゆ
雲照らふ明治公園 高野氏が生前昼寝せしベンチあり
原発は心肺停止して死なず死ぬためになほ血を流しをり
お酒の歌、言葉をめぐる歌、東日本大震災の歌などに加えて、年齢や老いを意識した歌がだいぶ増えたように思う。
1首目は人生の「余白」という感じだろう。
3首目は上句と下句の取り合わせが絶妙。
5首目、例えば湘南モノレールは懸垂型で、大阪モノレールは跨座型。
6首目のようなほのかな性の歌も、作者の変わらぬ持ち味である。
7首目は郵便収集車の歌。「赤い車」「言の葉」という表現に工夫がある。
9首目は、自分の死後の視点から詠んだ歌。
2014年10月25日、KADOKAWA、2600円。
もろち、とはやわらかな響きである。なにゆえにかような想いに至ったのであろうか。電車の中に妙齢の女学生がいたのであろうか。妻か愛人をかってこのようにいだいて震えるような感触を想いおこしたのか、目の前の女人を見てうしろからもろちを抱きたい欲求が湧いてきたのか。詩人のこころのひろがりがよく判る。さらに、読むものは作者の胸の内をうかがう。作者は老境に入り女人を体力萎えて悦ばすことのできない寂しさに目を閉じるのだ。刹那の心理が深く揺曳している。