冬の終わりの君のきれいな無表情屋外プールを見下ろしている
雪は花に喩えられつつ降るものを花とは花のくずれる速度
蜂蜜はパンの起伏を流れゆき飼い主よりも疾(と)く老いる犬
回るたびこの世に秋を引き寄せるスポークきらりきらりと回る
酢水へとさらす蓮根(はすね)のうす切りの穴を朝(あした)の光がとおる
ポケットの一つもない服装をしてしんとあなたの火の前に立つ
感覚はいつも静かだ柿むけば初めてそれが怒りと分かる
おだやかに下ってゆけり祖母の舟われらを右岸と左岸に分けて
けれど私は鳥の死を見たことがない 白い陶器を酢は満たしつつ
新年の一枚きりの天と地を綴じるおおきなホチキスがある
第55回短歌研究新人賞次席、第24回歌壇賞受賞の作者の第1歌集。
未来短歌会所属。
19歳から27歳までの作品から289首を収録。
上句から下句への意外な展開や、二物衝撃など、感覚と言葉の扱いに冴えがある。次々と繰り出せれる手品を見ているようで、読んでいて楽しい。
1首目は「きれいな無表情」がいい。「きれいな」も「無表情」もありふれた普通の言葉だが、この組み合わせは新鮮。
3首目は上句の蜂蜜の流れが、下句の時間の流れを巧みに導いている。
4首目は自転車の歌。「スポーク」だけでそれを表現しているのが巧み。
6首目の上句は少しおしゃれな服というイメージなのだろうが、何となく『潮騒』を思い浮かべてしまった。
8首目は祖母の葬儀の場面。「舟」「右岸」「左岸」という比喩が美しい。
10首目は印象的な新年の歌。永井陽子にも通じる新鮮な発想だ。
帯に「はるかなるものへの希求」という言葉があるが、確かにどこか信仰とでも呼ぶべき心の方向性を感じる。
今後がますます楽しみな、期待できる歌人だ。
2014年9月15日、本阿弥書店、2000円。