叔父さんの名前を思い出せぬまま暮れゆく道をわが身は帰る
『午前3時を過ぎて』
「短歌研究」10月号の作品季評で、小池光さんがこの歌を引いて、「叔父さんの名前を知らない人がこの世にいるのかと思ってびっくりしちゃった」と述べている。
なるほど、そうなのか。確かにそうかもしれないと思う。名前も知らないし、顔も知らない。父には他に兄と姉もいるのだが、同じく名前も知らない。
これはたぶん「父と母が離婚したから」ではない。別に幼少の頃に離婚したわけではなく、高校2年までは一緒に暮らしていたのだ。それなのに父の兄弟の名前も知らないのは、なぜなのだろう。年賀状を書いたこともないということか。
父は秋田の生まれで、中学を卒業して東京に出てきた人だ。わが家では正月に親戚で集まると言えば、それは東京の母方の親戚であって、父の生家へは一度しか行ったことがない。今から思えば、父と生家の間には随分と距離があったのだろう。
父の生みの母は、父が5歳の時に亡くなっている。その後、父の父は再婚して異母兄弟もいるらしい。そうしたことも関係があるのかもしれない。もちろん、父に聞けばわかることなのだが、何を今さらという気もして躊躇してしまう。