2014年09月06日

『修業論』のつづき(その2)

こんな文章もある。
伝書に記されている言葉の解釈について。

どうとでも取れる玉虫色の解釈をするというようなことを、初心者はしてはならない。どれほど愚かしくても、その段階で「私はこう解釈した」ということをはっきりさせておかないと、どこをどう読み間違ったのか、後で自分にもわからなくなる。
多義的解釈に開かれたテクストには、腰の引けたあやふやな解釈をなすべきではない。それはテクストに対する敬意の表現ではなく、「誤答すること」への恐怖、つまりは自己保身にすぎない。

まるで歌会のことを言っているようだと思う。

歌会には「読み間違った」も「誤答」もないが、それでも歌会における態度はまさにこうあるべきだろう。「私はこう解釈した」ということを遠慮せず、ごまかさずにきちんと述べることが、作品に対する一番の敬意なのだ。

posted by 松村正直 at 00:41| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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