タイトルは「ここにあるただあるのみの真っ白の大皿いちまい声を聞きたい」から取られている。この歌は初出(「塔」2013年6月号)では、結句が「声がききたい」であった。
ネパールの銀の鋏に彫ってある草の紋様やわらかそうな
たわたわとまぶしい朱欒(ざぼん)こえあげて泣いた私はきのうのわたし
もういちど横顔を見て立ち上がるわれが去りゆくものであるから
対(むか)うときいつもあなたのさくら色の爪を見ていたどうしようもなく
少年のうすい胴体つつみたるTシャツにジョン・レノンほほえむ
前髪にからまってくる囀りに母音はなくてかろやかにゆく
横顔のむこうエノコログサが揺れまたおなじことたずねてしまう
あさがおの蔓あちこちにぶつかって夏にはいつも自転車なくす
カサブランカのひらきはじめた部屋のなか繋ぎ目のない時間を過ごす
カーテンを透かす光を見つめてる目覚めたことに気がつきながら
I部(2009年〜2011年)には一部文語が使われているが、だんだんとその数は減っていき、II部(2012年〜)になると、ほぼ使われなくなっている。今では完全な口語文体と言っていいだろう。
1首目は草だけでなく鋏まで「やわらかそうな」気がしてくるのが面白い。
3首目は別れの場面。下句に意志の強さを感じる。
4首目は少し俯いて視線をそらしている様子が「さくら色の爪」から伝わってくる。
6首目は「母音はなくて」が独特な表現。「ch」「t」「k」「s」「p」といった子音だけで鳴いているのだ。それが「前髪にからまってくる」とも合っている。
8首目は上句と下句のつながり方が面白い。「あちこちにぶつかって」が緩やかに下句を導いてくる。
10首目はベッドで目を覚まして、しばらくそのままでいる時の感じ。
2014年7月15日、七月堂、2500円。
ここにあるただあるのみの真っ白の大皿いちまい声を聞きたい 江戸 雪
真っ白の大皿なるものは珍しく虚構の設定かもしれない。稀に白磁作家によるものがあるかもしれないがわたしは陶芸家ながら見たことがない。皿が大きく真っ白ならばひとつの威圧感がうまれるから絵付などを施す。さて、大皿の声だがわたしはこんな声ととりたい。世界の赤絵の名手になる馥郁たる香りあふれる世界を描き嬉々の声を聞きたい、と。もしくは、ひとそれぞれの世界を好きなように描いてくれ、と。