原爆は公園に堕ちてよかつたと子の声に児の聲は応へぬ
佐藤伊佐雄
という佳作(5首掲載)の一首が印象に残った。
広島の平和記念公園に来ている子が、「家がある所ではなく広い公園の上に落ちたので良かった」と言ったのだろう。もちろん、現在公園になっている場所にかつては家が建ち並んでいたことは、平和記念資料館の模型を見ればわかる。また最近ではCGによる復元作業なども行われていて、当時の様子を知ることができる。
公園に原爆が落ちたのではなく、原爆で何もなくなった場所が公園になったのだ。
でも、昨年広島に行った時に、うちの息子も全く同じようなことを言ったのであった。確かに今の風景だけを見るとそうとしか思えないのだろう。だからこそ、そこにかつては多くの家があり、多くの人々の暮らしがあったことを記録として残していく必要があるのだ。田邉雅章著『原爆が消した廣島』もそういう一冊である。
「児の聲」は原爆で亡くなった子供の声だと思う。「聲」という旧字を使うことによって、今の子供ではないことを表している。「応へぬ」の「ぬ」は完了ではなく、「応へず」という打消の意味として読んだ。戦後69年の歳月の経過とそれに伴う記憶の風化に対する危機感がよく伝わってくる一首である。