細りたる心いくたびも嗅ぎにけりヘリオトロープの甘き花の香
「ヘリオトロープ」と言えば、もちろん伊藤の代表歌でもある
啄木をころしし東京いまもなほヘリオトロープの花よりくらき
『火の橘』
を思い出す。東京に対する憧れと屈折した思いを感じさせる内容で、明治時代から続く「ふるさと」と「東京」の二項対立を鮮やかに描き出している。
この歌の背景にあるのは、夏目漱石の『三四郎』ではないだろうか。九州の田舎から東京に出て来た三四郎は都会的な美禰子に憧れるが、その美彌子が三四郎の薦めるままに買ったのがヘリオトロープの香水であった。そして、その香水は小説の終り近くでもう一回登場する。
「ヘリオトロープ」と女が静かに言った。三四郎は思わず顔をあとへ引いた。ヘリオトロープの罎(びん)。四丁目の夕暮。迷羊(ストレイ・シープ)。迷羊(ストレイ・シープ)。空には高い日が明らかにかかる。
「ヘリオトロープ」の甘い香りは、美彌子の魅力とともに東京の華やかさとも分かちがたく結び付いている。そのイメージが伊藤の歌にもつながっているように感じるのだ。
伊藤さんの歌は有名な一首なのですが、なぜここで「ヘリオトロープ」なのか、以前から気になっていたのです。