丸まつた靴下入りの上靴がプールサイドにならんでゐたり
「コロもいつか死ぬんでせう」と吾が犬の頭撫でつつ言ひたる少女
「だまつてゐるとなんだかコワイ」と言はれたる私の顔がドアノブの上
金魚鉢をのぞく少女の眼球がガラス一杯に拡がりてゆく
遮断機の向かうの夕陽にじわじわと足が生えきて吾が父となる
腕と同じ数だけ腋窩はあるだらう千手観音に向かひゐるとき
カサカサと燕の死骸あらはれぬ夏休み明けの教室掃けば
池の底に深く沈める切り株の浮かばぬはうがよいと思へり
足音が足からずれて鳴り始む夜の校舎を一人ゆくとき
日の落ちて影のみの山に向かひ立ちこの世にゐない君を思へり
昨年「第1回現代短歌社賞」を受賞した300首をまとめたもの。
夕暮れや水のイメージが全体を包んでおり、「夢」「影」という言葉が頻出する。この世界とは別のもう一つの世界が、作者の背後には常に貼り付いているようだ。
1首目はよく見かける光景だが、あらためて歌に詠まれると面白い。
4首目は、丸い金魚鉢がレンズになって少女の目を大きく見せているところ。
5首目は「足が生えきて」がいい。徐々に焦点が合っていく感じ。
7首目、校舎の中に入り込んで出られなくなってしまったのだろうか。
8首目は、実景と忘れたい記憶のようなものを重ね合わせている歌。
作者は短歌だけでなく、茶道や書道もされているらしい。
これからどのように作品の幅を広げていくか、非常に楽しみである。
2014年7月2日、現代短歌社、2000円。