2014年07月17日

今野寿美歌集 『さくらのゆゑ』

第10歌集。

風邪がぬけるやうに終はりの数行を収めると言ふ現代詩人
丹沢の杉の林に十枚の羽のほかには遺さぬ死あり
ツガルさんは津軽からきて野毛山にふたこぶ休める三十五歳
子のズボンの裾のほつれをかがりゐる静かな時間がまだわれにある
ひとたびは冷えねば咲かぬ桜ゆゑ北からほころびそむる沖縄
横顔でなければならぬ瞑想の詩人もレンズの中の野鳥も
速報ののちおもむろに揺れ始め長く揺れたり為すなくて在り
顔あげて川と気づけり明るさは思はぬ方よりきてしづかなり
人肌を伝ふるやうに橋守を置けり鉄道橋梁史のなか
白耳義(ベルギー)も土耳古(トルコ)も耳をもつ国と明治日本は耳そばだてる

2首目は鳥の死骸(の痕跡)を詠んだもの。
3首目は「ふたこぶ」とあるのでラクダなのだろう。動物園の動物のネーミングはこんな感じ。
5首目、桜前線と言えば当り前のように南から北へと思うが、沖縄では反対なのだ。
8首目は電車などに乗っている場面だろうか。初・二句がうまい。
9首目は餘部鉄橋を詠んだ歌。鉄道橋梁という構造物を維持するために、かつては「橋守」がいたのである。灯台守のようなイメージが浮かぶ。

今回の歌集は、何か題材に基づいて詠まれた連作が多い。
それは、人名の多さにも表われている。

葛原妙子、鈴木牧之、(山崎)方代、(釈)迢空、油屋熊八、(与謝野)鉄幹、窪田通治(空穂)、山中智恵子、野田弘志、青木雨彦、キム・ヨナ、浅田真央、堀辰雄、バラク・オバマ、ベルディ、バレンボイム、河野裕子、(土屋)文明、(山村)暮鳥、坂本龍一、藤原龍一郎、澁澤龍彦、芥川竜之介、竹山広、(斎藤)茂吉、和嶋(勝利)、(在原)業平、プーチン、(石川)啄木、(萩原)朔太郎、(北原)白秋、(片柳)草生、(正岡)子規、陸羯南、(樋口)一葉、樹木希林、(与謝野)晶子、滝本賢太郎、カラシニコフ

こうした部分をどのように評価するかが、一つの問題となるだろう。

2014年7月26日、砂子屋書房、3000円。

posted by 松村正直 at 20:56| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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