副題は「短歌日記2013」。
ふらんす堂HPの「短歌日記」に1年間にわたって連載された作品365首をまとめた第9歌集。
前歌集『縄文の森、弥生の花』もそうだったが、情報工学と短歌という二足の草鞋の折り合いをどうつけるかが、大きなテーマになっている。
ほほゑみがどんどん深くなつてゆくピーター・ヒッグス八十三歳
水槽の亀のピカソがその主(ぬし)の進歩史観をしづかに笑ふ
ペーストを終へて次なるコピーへのつかの間だけがにんげんの息
失業者五五〇万はなにをせむ世界平和の後の世界に
うすうすは知れど語らぬことのはの葉脈いくつワインはひたす
ゆつくりと畳みのうへにふりつもる母たちの時間 われらにあらず
4首目には「雇用者数世界最大の事業者はアメリカ国防軍であり、三二〇万人。次が中国の人民解放軍で、二三〇万人。」という文が付いている。
自然(季節、植物、動物など)を詠んだ歌は、ほとんどない。
〈くりかへす体言止めの貧しさやわれのことばの梅雨といふべし〉と自ら詠んでいるように、365首中ざっと数えて150首くらい体言止めの歌があって、やや単調な印象を受ける。また、散文部分に「駒田明子」「木下杢太朗」などの誤植があるのも気になった。(正しくは駒田晶子、木下杢太郎)
「歌やめよ」三十三年われに言ひ喜連川さんの額ひろがる
この「喜連川さん」はおそらく第1歌集『ラビュリントスの日々』に詠まれた「喜連川博士」のことだろう。
生きいそぐ一語はげしきラボの椅子喜連川(きつれがは)博士われを非難す
「三十三年」という歳月の長さにしみじみとした気持ちになる。
2014年6月1日、ふらんす堂、2000円。